株式会社ロダン21代表取締役
株式会社シナガワ代表取締役
東大阪市モノづくり親善大使
【出身】1942年島根県生まれ
【学歴】島根県立大田高等学校卒業
強烈なリーダーシップのもと、異業種グループ「ロダン21」を立ち上げ、法人化までの組織作りを構築。中小企業の生き残りを懸け、『何でも商品化できる集団』として、モノづくりの総合プロデュースに挑戦し続けている。企画開発・製造・マーケティングまで、“売れる商品づくり”で注目される。
●職歴・経歴
1942年 生まれ
1972年 東大阪市内に品川ゴム製作所を創業
1990年 株式会社シナガワに改組
1998年 東大阪異業種交流グループ「ロダン21」を立上げ代表幹事に就任。
2001年 株式会社ロダン21に組織変更、社長に就任。約百社のグループ会社とともに、中小企業の生き残りを懸け、モノづくりの総合プロデュースに挑戦し続けている。
8000を超える中小製造業がひしめく東大阪市。「歯ブラシからロケットまで」と言われるものづくりの町、長引く不況の中でも“きらり”と光る中小企業が数多く存在する。それらの町工場が日本または世界のトップシェアを誇る製品を作り出している。携帯電話から人工衛星の部品まで、東大阪で揃わないものはないとまで言われる。「何でも商品化できる集団」として国内外からの商品製造や商品開発の相談を受付け、企画開発から製造、付随するマーケティングまでを支援し“売れる商品づくり”で注目を集めている。
東大阪市モノづくり親善大使を務める。
■講演テーマ
「モノづくりなんでも引き受けまっせ」
「東大阪元気工場~ロダン21の挑戦~」
「21世紀おけるものづくりへの新たな挑戦」
「売れるもん作らんかい!」
「異業種交流グループを成功させるには」
「社会に貢献するビジネスとは」
「今必要とされるリーダーとは」
「地域の特性を活かせ!」
「創業の心構えが企業の器を決める」
「産官学連携を成功させるには」
「経営戦略の立て方」
「地域資源の活用~農商工連携~」
「企業のあり方が環境を守る」
「新しい人材の宝庫~高齢者雇用~」
「環境、リサイクル商品を作るには」
「モノ作りの失敗事例、成功事例」
※その他内容等、なんでもお気軽にご相談下さい。
■講演ターゲット
・製造業の中小企業経営者
・起業を目指す方
・異業種連携を活用したい方
・製造業を目指したい学生
・次期経営者
・高齢者雇用をご検討の方
・企業再生を望まれる方
・新商品、新サービスを生み出したい
・販路が無い
・2代目継承者がいない
・やる気のある新人を採用したい
・人脈が乏しく、他社との連携がうまくとれない
・学生の進路アドバイスをしたい
・資金繰り相談をしたい
・NPOを立ち上げたい方
■講演内容
東大阪市には、数年前には製造業が8600社あったが、最近は8000社を切った。しかし集積密度は今なお高く、小さなネジからロケット部品や飛行機のパーツなどの大物まで、文字通り何でも作れることが最大のウリ。株式会社シナガワは創業して30年間になるパッキン加工の会社で、ゴムやプラスチックなど柔らかい素材を精密に加工する技術を売り物にしている。携帯電話の小さなパッキン部品が好調で国内でもオンリーワンといわれるようになったが、近年の世界経済の変化と日本の不況下では、小さな一企業の単独の努力だけでは生きられないという危機感をもった。
「パッキンは物と物をつなぐものだが、それなら自分は人と人をつなごう」
と考えて、いろいろな異業種グループに参加していたが、入ってみて、目的もテーマも希薄で器だけという感じであるのに驚いた。
リーダーもなく、みんな仲間であるはずなのに、互いが何をやっている会社かということさえ知らない状態だった。危機感を感じて新しいグループを作ろうとしていた時、東大阪市で新産業や新事業を立ち上げるための異業種グループの公募があった。
そこで平成10年4月に「21世紀を考える」という主旨で「ロダン21」を発足した。
■「自分の発想で作ったものは売れない」ということが分かった2年目の売れ残り品見学会
発足して1年目は視察や勉強会などを行い、2年目は各会社がお互いに何をやっているのか勉強することにした。各会社を訪ねると意外なことが分かった。
元来、東大阪市のものづくりはパーツを中心とした技術のエキスパート集団であった。小さな町工場が多いため、試作品やパーツなどに強い一方で、大量生産の製造には向かない。それにもかかわらず、各社ともいろんな製品・商品づくりに手を出していた。
行ってみると、売れると思って売れなかった製品・商品がいろいろ出てきた。「飛ばない練習用のゴルフボール」「カレーのルーの自動攪拌機付きの鍋」「いたずら防止ボルト」など。
ロダン21では、まずそうした売れ残り製品・商品の「くさし合い」をやることにした。それをやると一生懸命にやって売れなかった本人は青筋立てて怒気を発したが、マーケットを無視したもの、自己満足のものは売れないのだということが分かった。見逃せないのは各社ともいたってマジメに作ったことであった。僅かに東大阪のものづくりの技術の高さは生かせたが、「ものが簡単に作れてしまう」ことが、かえってマーケットを意識しないことになり、失敗につながったようにも思われた。
最初は、「我々中小企業は、組織力が小さいから……」というのが原因と考えたが、みんなで検証した結果、「売れないものを作っていた」「自分の発想で作ったものはだめだ」「マーケットの発想でないとだめだ」というのが共通理解になった。それから、やはり中小企業が1社だけでやると、色・デザイン・機能・コスト・ネーミング・パッケージまでのフォローは難しいということも分かった。
■「ものづくり何でも引き受けます」「売れないものを売れる製品に」をキャッチコピーに
それぞれの企業の技術的特徴や製品づくりのプロセスをお互いにつつみ隠さず報告し合ったことで、仲間の企業がどういう工夫をして、どこに一番重要な技術力の力点を置いているのか、おぼろげに分かるようになった。
こうした活動をもって、地域の企業の特性をもって、ロダン21では「売れないものを売れる製品に」「ものづくり何でも引き受けます」をキャッチコピーにした。メディアがそれに注目し、宣伝してくれるようになった。「お客のニーズ呼び込み」と「コアコンピタンスの確立」(この技術だけはどこにも負けない)ということをPRするようにした。
ロダン21の形態は、「企業の提携」(コラボレーション)というよりも、「企業の連合体」(アライアンス)として総合製造業を手がける新しい一つの会社という性格に近づいている。今では当初の1業種1社ではなく、1業種10数社によって、より競争力のある活動に高めようということで、中小企業のネットワークによるメンバークラスターをつくり始めた。
「こういう製品はできないか」という問い合わせに対して、企画会議で「この案件について参加したい人(会社)」と、この指とまれ方式で参加を集める。名乗りを挙げる会社は、設計や成型、部品、機械など、それぞれの分野で特徴を発揮するよう最大限努力していく。
■「製品」と「商品」は決定的に違う
製造業者が、思いついたアイデアで製品を作ることはよくある話。けれど、それが思うように商品としてヒットすることは難しい。製造業者が商品を作ろうとする時、どうしても「作る側」として商品開発を進めてしまうからだ。
「こんなモノ初めてだ!」と、他にないから売れるに違いないと思っても、実用的でないものは売れない。またそういうモノは売りが「めずらしいモノ」というだけなので、商品のプレゼンテーションができない。
「商品とは消費者のモノ、製品とは製造者のモノです。」
「製品」づくりに陥らないよう、ロダン21は製造業者、デザイン業者、販売業者のメンバーにより、商品化への流れをあらゆる角度から進めている。
■異業種交流の秘訣は「ズケズケ言うこと」
「たいていの異業種交流会ではみんな互いのことをよく言ってばかりだけど、それじゃだめなんですよ。うちはズケズケ言っています。結果的にはそれが一番親切なんだから」。
新アイデアを出し合い、良いものならすぐにでも商品化、だめなものには「ここがアカン」とやはりすぐに言うこと。変にお世辞を言われてその気になるより、結局はその会社・会員のためになる。
【失敗の教訓】
(1)製造業が考えても売れない。
→注文を呼び込むような体制をつくる
(2)自己満足の製品をつくってはいけない。
→「必ずヒット」すると思っても、お客がいるかどうかは分からない。
(3)完全にマーケットを無視している。
→マーケットは「こんなもの欲しい」というのは一つもない。
(4)デザインとカラーの無頓着
(5)データがない検証がない
(6)ネーミングとパッケージ
(7)カタログが意味不明
(8)リサーチ不足
→ものまね製品になっている
(9)世の中にないもの
→これは絶対に売れない
(10)市場価格を無視した商品
→原価積み上げしかやらない
→思う値段の1/4しか実際には評価されない
(11)メディアの利用
→人の宣伝をする。自分のことばかり押しつけない。
(12)仲良し倶楽部からの脱却